「 光の中に生きる 」   2015.1.17 今帰仁

※一部抜粋です

 

我なんびとも裁かず

 

あなた方の内で常に叫んでいます

裁きもしない、けしてあなた方に罰を与えない

ただあなた方自身が正しさに戻すまで、自らその苦しみ悩みを体験していることほかにないと説いています

 

70億の人間、誰一人神から罰を背負わされて、この現象世界に降りてくる人間は一人もいません

ただ自分自身が真理を、神の道をずれて生きただけ

 

そこに正すまで、みなさん様々な体験をしているだけにしかすぎません

それを神の罰だと錯覚している人間がいます

けして神はあなた方に罰を背負わすことはありません

ただみなさん自身が宿題をやり残したにすぎません

 

常にいやなものから逃げたい、逃げ隠れしたい

過去幾転生、逃げ隠れしたがゆえに、今生また同じ宿題を背負っているだけにしかすぎません

今生正しい姿勢で立ち向かってこれを解決することができるならば、みなさんもう完成

しかし完成といって終わりではありません

 

あなた方は無限の中に永遠の中に、我として置かれているがゆえにあなた方に終わりはありません、あなた方に終着駅はありません

この世の電車ならば終着駅もありましょう

しかしあなた方の実体が無限であるならば、始めなきもの、終わりなきもの

永遠のあなた方に終わりはあるでしょうか

 

ただ幼稚園生から小学校、小学校から中学校、中学校から高校、高校から大学とその段階を終えているだけであって、しかしみなさんに永遠に終わりはありません

ここまでで、すべてということがあるならばこれは無限でもないことを知ってもらいたい

 

あなた方の実体は終わりなきもの、始めなきもの

永遠のみが実在と理解できるならば、みなさんに終着駅はありません、終わりはありません

 

ただ今までの段階で肉体を私、私で嘘をついてきた者、あるいは肉体が何かを作った、仕事をした、嘘の罪を犯していた

それから解放されて、我命なり、我真理なり、我神なり、神我一体の境地に至って、一段階が卒業だよということであって、しかしそこから無限へ無限へと永遠の続きがあることを知ってもらいたい

 

みなさんの実体に終わりがあるならば、終着駅があるならば、神は永遠と言えましょうか、終わりなきものと言えましょうか

久遠常在、不滅の実在であるあなた方に終わりはありません

だから我々はもうすべて知った、すべてが理解できた、どの程度理解してそれを説いているのか

 

小さな蟻一匹を追究しても、そこに実在しているのは無限であることを知ってもらいたい

この花一輪追究しても、そこから無限が感じとれることを知ってもらいたい

我々このように蟻一匹にも花一輪にも、今日も縁あってあい対する一人一人から、真実の神を命として見れるあなた方でありますように

 

けしてこの世のものに振り回され生きるあなた方であってはなりません

 

真理を知らぬが最大の罪である

もしあのイスラム教を正しく学んで正しく理解して生きているならば、あのような罪を犯すことはないだろうと

それは神から与えられた罰なのか

それは真理にたいする理解力の無さという、真理を知らぬが最大の罪である、真理を知らぬが最大の無知である

 

だから真理を知らぬゆえに相手を裁きます

真理を知らぬがゆえに相手を非難します

私は真理を知っているがゆえに一点の裁きもしなければ裁かれもしない

そこに永遠の喜び、永遠の至福を実感している自分であることを知ってもらいたい

 

真理は我を自由ならしめん

みなさんが真理を知ることにおいて、真理を理解して生きることにおいて、誰も裁かぬゆえに誰に嫉妬しないゆえに、誰の罵り非難、怒らすことないゆえにあなた方も自由、またその者も自由でいることができるではないでしょうか

 

我々は至福として永遠の自由でありたいもの

2015年の今年の羊年を、必ず神を我がものとして実感する年で、みなさんは完成に至ってもらいたい